カウンセラー コラム

「情動(emotion)を馬のように乗りこなそう」

2022年2月7日

むかしむかし、中国で馬に乗った男が道端にたたずむ男の脇を通りかかった。立っている男が「そこの馬のお方、どちらに行かれる?」と尋ねると、馬上の男はこう答えた。「わからん。馬に聞いてくれ」

この話は、情動を馬にたとえた話です。
情動(emotion)とは怒り、悲しみ、恐怖、喜びといった強い感情のことを指します。
私たちは日頃、自分の情動の言いなりになることが多いように感じます。例えば、怒りにまかせて大声を出してしまった、冷たい態度をとってしまった、些細なミスに落ち込んで他のことが手につかなくなった、など自分の情動によって相手や周囲に不快な思いをさせてしまったり、通常のパフォーマンスを発揮できない、といった経験はないでしょうか?

馬は自分の手に負えず、行先は馬に任せるしかないのか・・・。いいえ、その馬は調教して導くことができるのです。
そのためにはまず、馬を理解し、好みや傾向、行動を観察することが必要です。馬を理解できたら、その後はうまくコミュニケーションを図り、手なずけます。やがて馬は私たちを望み通りの場所に運んでくれるようになり、こうして私たちは自ら行先を選択できるようになります。

今回は情動を馬のように乗りこなすために、「自己認識」と「自己統制」についてご紹介します。

 

■自己認識とは(馬を理解する)

心理学者のダニエル・ゴールマンは自己認識を以下のように定義しています。

「自分の内面の状態、好み、資質、直感を知ること」
「情動の嵐のただなかにあってさえ、自己省察を維持できる、偏りのないモードのこと」

ここでいう「情動の嵐のただなか」とは、怒り狂っている状態、悲しみで押しつぶされそうな状態、恐怖に怯えている状態、喜びで舞い上がっている状態のことを言います。
情動に身を任せてしまうと、調教されていない馬がどんどん勝手に進んでしまうように、自分が望まない結果に行きつくことがあります。

そのような「情動の嵐のただなか」だとしても3つのステップによって自己認識を深めることができます。

 

①自分の情動とその影響に気づく(情動の自覚)

まず、自分の体で情動を感じ、その情動が自分の体や行動にどんな影響をもたらすのかを知りましょう。どの情動も体と結びついており、心理的経験だけではなく、生理的経験を伴います。そのため、自分の情動経験を思い出してみると、体の様々な反応に気がつくでしょう。

例)呼吸が浅くなる、鼓動が早くなる、体が熱くなる、奥歯をかみしめる、など
自分の情動が体にどのように現れるのか、体の様々な部分に注意を向けて観察をしましょう。
情動を頭で感じ取るには相当な集中力を必要としますが、それに比べて体で感じ取ることは易しいと言われています。情動の嵐のただなかにいるときも、自分の体に注意を向けることで、今の瞬間に立ち返ることができます。また、今まで気がつかなかった体の緊張やこわばりを感じることができれば、そこからも情動を知ることができるでしょう。

 

②自分の資質と限界を知る(正確な自己査定))

次に、自分の資質(性質や才能など)と限界について知りましょう。

正確に自己査定をすることは、情動の自覚の上に成り立っており、自分の感じる情動を超えて、人間としての自分について理解するところまで及びます。以下の視点で、自分について客観的に見つめなおすことが大切です。

・自分の資質(性質や才能など)と限界は何か?
・自分の長所と短所は何か?
・自分にとって大切なことは何か?

この時のポイントは、自分に対して隠すものが一切ないことです。自分を正確に査定できれば、今まで気がつかなかった素晴らしい長所や目を覆いたくなるような短所にも、改めて気がつき、客観的に理解することができます。見えていなかった(見ないようにしていた)自分の限界や短所を受け止められればあるがままの自分でいることがしっくりくるようになり、自分に関して対処できないことがなくなります。

 

③自分のモードを理解する(自信)

①と②で自信の基礎が作られました。
最後に、自分が機能するうえで重要な「失敗モード」と「復元モード」を理解しましょう。

例えば、あるシステムについて、どんな時に、どんな条件で処理が失敗するのかを正確に知っていれば、システムが完全ではないことを知っていながら、そのシステムに対して自信を持つことができます。さらに、失敗したときにどうすれば復元できるかも正確に知っていれば、失敗したときでさえ自信を持っていられます。なぜなら、システムをすばやく復旧することができ、失敗がとるに足りないものだということが分かっているからです。
これと同じく、自分がどんな時に情動に支配されてしまうのか(「失敗モード」)、どうすれば平素の自分にもどることができるのか(「復元モード」)の両方を理解しておけば、どんなに多くの欠点を抱えていようと、自分に自信を持つことができます。

海外の研究では、自信は職務遂行能力と正の相関があることが分かっており、さらに、自信が一流の管理職と並みの管理職を分ける特徴的な要因であるということが分かっています。
(Richard Boyatzis, The Competent Manager: A Model for Effective Performance (New York: Wiley, 1982))
(Alexander Stajkovic and Fred Luthans, “Self-Efficacy and Work-Related Performance: A Meta-Analysis,” Psychological Bulletin 124, no.2 (1998): 240-261.)

 

■自己統制とは(馬を調教して導く)

自己統制というと、自制心が頭に浮かぶと思いますが、情動を避けたり、抑え込んだりすることではありません。人間の脳は、あることを考えないようにしようとすると、かえってそれについて考えてしまうものです。
(今から1分間、馬について考えないよう挑戦してみてください。きっと考えてしまいますよ。)
本当の自己統制は、情動のあしらいがとてもうまくなることを言います。

情動をあしらうためには、その都度自分の情動に気がつき、よりよい反応を「選択」できるようになる必要があります。
何かのささいな(自分にとっては重大な)トリガーに対処する場面を想像してみてください。例えば、最近運動不足を気にしているあなたが、同僚に「最近太ったよね?」と言われたら、どのような反応をするでしょうか?

どんな大きなトリガーが降りかかってきたとしても、以下の5つのステップによって、そのトリガーにうまく対処し、よりよい反応を選択することができるようになると言われています。

 

①停止する

第1の最も重要なステップは、停止することです。一瞬だけ反応するのを踏みとどまります。アンガーマネジメントの観点から、6秒数えるのも効果的です。

 

②呼吸する

呼吸に注意を集中させることで、①が強化されます。意識して呼吸することで、心と体を鎮めることができます。深呼吸はなおさら効果があります。

 

③気づく

体に注意を向け、自分の情動を経験します。この情動は体の中でどんな風に感じられるでしょうか?顔、首、肩、胸、背中でどう感じられるでしょうか?体の緊張や体温の変化があるでしょうか?ネガティブな情動も積極的に感じてみましょう。ここでポイントとなるのが、情動を自分そのものではなく、単なる生理的な現象として経験することです。例えば、怒りを経験しているなら、「私は怒りそのものだ(I’m angry.)」ではなく、「私は体で怒りを経験している」というふうに捉えます。怒りにとらわれている状態から、怒りを体で経験する状態へと移行します。

 

④よく考える

このトリガーは自分の過去と何か関連(例えば、体重増加に関する嫌な思い出やトラウマ)があるか?もしくは、自分に対する間違った考え(自分はダメな人間だ、自分にはできない)があるか?自分の考えを評価することなく、この視点を目下の状況に持ち込みます。
さらに可能なら、トリガーに関わっている相手の立場に立って状況を眺めてみましょう。(「太ったよね?」と言ったその同僚も悩んでいて、悩みを共有したかったのかもしれません。こう考えると、出来事のとらえ方の幅を広げることができるのではないでしょうか。)

 

⑤反応する

目の前の状況にポジティブな結果をもたらす反応のしかたを思い浮かべてみましょう。一番優しくてポジティブで最善な反応を考えて、実行してみましょう。
(「太ったよね?」と言われて「余計なお世話よ!」と怒鳴るのではなく、「いいダイエット方法知らない?」と反応したほうがポジティブな結果になりそうですね。もしかしたら一緒にダイエットを始める仲間になれるかもしれません!)

①〜③で注意をコントロールすることができ、④で状況の意味を再構築したり再解釈することで認知を変化させることができます。そして⑤でどう反応するのが一番最善か選択した上で反応することができれば、あなたはもう情動を上手にあしらうことができるようになっています。

 

■まとめ

このように、まずは自己認識を深めましょう。自分の情動を自覚し、正確な自己査定ができれば自信につながります。
次は、トリガーに対して反応を選択する能力を身につけます。停止し、呼吸し、情動に気がついてください。
そして、よく考え、よりよい反応ができるようになることがゴールです。

自己認識において注意力を鍛える方法は「マインドフルネス瞑想」と呼ばれています。呼吸法が有名ですが、その他にも様々なエクササイズがあります。
今回ご紹介した自己認識を深めるステップでは、「ボディ・スキャン」と「ジャーナリング」が有効です。
(ご興味のある方は、リンクから具体的な方法をご覧ください)

自己認識と自己統制の力を身に着けることで、仕事やプライベートで様々なトリガーに遭遇したときにも落ち着いて対処することができ、もっといいパフォーマンスを発揮して、自分の望む方向に進むことができるでしょう。

ウェルネスセンター  社員カウンセリングルーム

 

【参考文献】
「サーチ・インサイド・ユアセルフ」/チャディー・メン・タン 英治出版